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「ボストン美術館浮世絵名品展」に行ってきた
2008年11月14日 金曜日
江戸東京博物館で開催されている「ボストン美術館浮世絵名品展」に行ってきた。
カスタマワイズ社長の村中明彦さんが、ブログで熱く推薦されていたので。
保存上の理由から通常は公開されていない貴重なコレクション約150点が、柵もない展示壁に延々と並ぶ。
思いっきり目を近づけて見られるのは嬉しいが、当然ながらガラス額に入れての展示なので、浮世絵が本来想定している鑑賞条件での絵肌は、ガラスの反射を差し引いて想像するしかない。
それでも、十分に魅了される展示だった。
「浮世絵初期の大家たち」→「春信様式の時代」→「錦絵の黄金時代」→「幕末のビッグネームたち」という時代順の構成で、浮世絵の洗練と革新が進む様子がよく見てとれた。
幕末期の作品は、構図の大胆さといい描写の躍動感といい、さすがに見事というほかなかったのだが、永谷園のお茶漬け海苔のおまけから外国人向けお土産Tシャツの絵柄まで、すでに何らかの形で目にしてしまっている作品が多く、いまひとつ楽しみきれないところがあった。
テレビやガイドブックでさんざん目にした観光名所に、実際に行ってみたときの気持ちに近いというか‥‥。
既知の作品ではなくても、その表現様式がすでにあまりに見慣れたものになってしまっているという意味では、それは同じことだった。
むしろ自分には、「春信様式の時代」のあたりの展示が一番楽しめた。
構図的には、まだ単純だ。基本的には中心に主題を描いて、主題の周りにあるものを周囲に描く、というパターンだ。幕末期の大胆さにはまったく及ばない。
この時代の作品群は、描写の精細さがすばらしい。初期の浮世絵の線は、まだあいまいで荒っぽかった。
それは、写実というのとは違う精細さだ。物理的な細かさではなく、感覚的な細かさとでも言うべきだろうか。
どんな部分でも細かく描くというのではなく、細かく描いて美しいところは細かく描き、細かく描いても美しくないところは大胆に省略する。そのメリハリに、たいへん心ひかれた。
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