ビー・ドキュメント代表 佐々木 一郎の公開日記

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運をつかんだ話

2008年12月20日 土曜日

食事どきの方には失礼。

というか、食事しながらネットなんか見るな、という話だと思うが。

先日も書いたが、佐々木は学生時代、重度身体障碍者の介護ボランティアをやっていた。

一人では衣服を脱ぐことも、便器に座ることもできない方の介護だったから、小便のときはズボンのチャックを開けパンツを下ろして溲瓶を当て、大便のときは新聞紙を敷いた上にポータブル便器を置いて便器の中にトイレットペーパーを敷き、ズボンとパンツを脱がせて抱き上げポータブル便器に座らせ、後から支えながら前には溲瓶を当てて、用を足してもらっていた。

用を足し終われば、小便のときはトイレットペーパーで先をぬぐいパンツとズボンを戻し溲瓶を洗い、大便のときはトイレットペーパーでお尻を拭き前をぬぐいパンツとズボンを履かせ、便器の中身をトイレに捨てて湯沸器のお湯で便器を洗って片づけ、便器に下に敷いた新聞紙を捨てる。

便秘ぎみの方だったから、大便のときは用を足すだけで10分前後、用意と後片付けを含めると20分以上はかかっただろうか。

大便介護は慣れないと一人では難しかったから、新人ボランティアが介護に入っているときに便意をもよおされたときは、佐々木が住んでいる学生寮に電話が掛かってきて、佐々木が自転車で15分ぐらい掛けて飛んでいくこともあった。

大便や小便を排泄する他人の体を支え続けたり、大便を終えた他人の肛門をトイレットペーパーで拭いたり、他人の大便が付着した便器を洗ったりする仕事は、決して心踊る仕事ではなかった。むしろ、惨めさに心蝕まれる仕事だった。

やっていてあまりにも辛い仕事だったので、この心理的苦痛をなんとか和らげる方法はないだろうか? と佐々木は真剣に考えた。

それでふと思い出したのが、『盗まれた手紙』(エドガー・アラン・ポー)の次の一節だった。

《「〔‥‥〕僕は八歳ばかりの子供を知っていたが、この子は『丁か半か』という勝負で言い当てるのがうまくて、みんなに褒められていた。この勝負は簡単なもので、はじき石でやるのだ。一人がこの石を手にいくつか持っていて、相手にその数が丁か半かときく。もし当てたら、当てたほうが一つ取るし、違ったら、一つ取られるのだ。いま言ったその子供は学校じゅうのはじき石をみんな取ってしまったものだよ。むろん、彼は当てる法則といったようなものを持っていたのだ。というのは、ただ相手のはしっこさを観察して、その程度をはかるということなんだ。〔‥‥〕僕はこの子供に、彼の成功の基であるその〔自分の知力と相手の知力の〕完全な合致をどんな手段でやるのかと尋ねたら、こう答えた。『僕は、誰かがどれくらい賢いか、どれくらい間抜けか、どれくらい善い人か、どれくらい悪い人か、またその時のその人の考えがどんなものか、というようなことを知りたいと思うときには、自分の顔の表情をできるだけ正確にその人の表情と同じようにします。それから、その表情と釣り合うように、または一致するようにして、自分の心や胸に起ってくる考えや気持を知ろうとして待っているんです』というのさ。この生徒のこの答えは、ロシュフコーや、ラ・ブリュイエールや、マキアヴェリや、カンパネラのものとされている、あの、あらゆる贋の深遠さよりも深いものだよ」》

自分の表情を相手の表情に合致させると、自分の思考や感情も相手の思考や感情に合致してくるのか‥‥考えてみると、ウンコをして便意が解消されることや、トイレットペーパーでお尻がぬぐわれて肛門がきれいになること自体は、けっこう気持ちがいいことだよな‥‥ということは、自分が大便介護をしている間、介護されている相手の気持ちに自分の気持ちを合致させることができたら、大便介護が苦痛どころか、むしろ快楽になるんじゃないか?

そう考えた佐々木は、大便介護の間、実際に「ウンコをいきみ出す表情」や「汚れた肛門がトイレットペーパーでぬぐわれてきれいになる表情」をやってみた。

するとどうだろう。「ウンコがいきみ出される気持ちよさ」や「汚れた肛門がきれいになる気持ちよさ」が、自分の中に湧き起こってくるではないか。

感情レベルで相手と一体化してしまうことで、大便介護を「する」苦痛が、大便介護を「される」快楽によって大幅に低減されてしまったのだ。

デール・カーネギーの『人を動かす』に、自動車王ヘンリー・フォードの

《成功に秘訣というものがあるとすれば、それは、他人の立場を理解し、自分の立場と同時に、他人の立場からも物事を見ることのできる能力である》

という言葉が紹介されている。

今から考えると、あの大便介護で得た気づきは、この「他人の立場からも物事を見る」能力を培う上で実に貴重な体験だった。

経営コンサルタントの岡本吏郎さんはビジネスを始めたころ、借りている事務所の前に犬の糞が落ちていると「うんこを拾う」を「運を拾う」と言い換えて、楽しみながら犬の糞を片づけたのだとか(『成功はどこからやってくるのか?』)。

その伝でいくと、佐々木がこれまで大筋において幸運な人生を送ってこれているのは、学生時代の大便介護で「運をつかんだ」おかげではないかとも思う。

 

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