ビー・ドキュメント代表 佐々木 一郎の公開日記

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佐々木と自転車

2008年12月23日 火曜日

キーワードマーケティング研究所の滝井秀典さんが、DVD教材「Googleアドワーズ「コンテンツ広告」徹底攻略ノウハウ・パッケージ」の中で面白いことをおっしゃっていた。

なんでも滝井さんのクライアントであるインターネットビジネス実践者たちには、自転車やバイクなどの二輪好きが多いのだとか。

一人でリスクをコントロールするのが好きだから、というのが滝井さんの分析。

なるほど。

そういえば、佐々木も15歳~20歳ぐらいの頃は自転車少年だった。

中学生の頃乗っていたのは、安いドロップハンドルの子供用自転車。

一時期はほぼ毎週末、これに乗って神奈川県座間市の自宅(当時)から芦ノ湖までの片道約65kmを往復していた。ちょっと時間が空くと江ノ島までの片道約25kmを往復。

高校生になると、輪行(=分解して袋に入れ電車などで運び現地で組み立てて乗ること)ができるツーリング用自転車を買ってもらった。これのサドルを本皮のやつに代えて、丹沢や箱根や伊豆や奥多摩の山道を走りまくった。舗装されていない山道を自転車で走るのが大好きだった。

当時の愛読誌は八重洲出版から出ている「サイクルスポーツ」。週末はサイクリングから帰ってくるたびに自転車を分解して磨いていたので、親からは「自転車屋さんになるつもりなの?」とあきれられていた。

高校2年生の夏休みには、北海道の東部を、駅の待合室で寝たりしながら自転車で1週間かけて旅行。夜の知床峠(羅臼のユースホステルの人に車で連れて行ってもらった)で見た「夜空に星が見えるのではなく星の隙間に夜空が見える」星空は、一生の思い出だ。

大学に入ってからは、新しく始めた合気道やら介護ボランティアやらに忙しく、あまり自転車で遠出することもなくなったものの、春休みや夏休みには、丹後半島だとか四国だとかにサイクリング旅行に出かけていた。

ところが、たしか大学一年目の終わりごろ、学生寮の駐輪場に止めておいた高校生以来の愛車を盗まれてしまう。それがショックで、以後、自転車からはまったく遠ざかってしまった。

それからは、旅行は徒歩ですることにした。

自転車をやめ、徒歩旅行を始めてみると、その景色の移り変わりの遅さが新鮮だった。道端の草花にも、家々のたたずまいにも、ゆっくり目を向けるようになった。批評家・小林秀雄の有名な一節が、しみじみと思い出された。

《言葉は眼の邪魔になるものです。例えば、諸君が野原を歩いていて一輪の美しい花の咲いているのを見たとする。見ると、それは菫の花だと解る。何だ、菫の花か、と思った瞬間に、諸君はもう花の形も色も見るのを止めるでしょう。諸君は心の中でお喋りをしたのです。菫の花という言葉が、諸君の心のうちに這入って来れば、諸君は、もう眼を閉じるのです。それほど、黙って物を見るという事は難しいことです。菫の花だと解るという事は、花の姿や色の美しい感じを言葉で置き換えてしまうことです。言葉の邪魔の這入らぬ花の美しい感じを、そのまま、持ち続け、花を黙って見続けていれば、花は諸君に、かって見た事もなかった様な美しさを、それこそ限りなく明かすでしょう。》(「美を求める心」)

自転車で旅行していた頃は、山を見ても花を見ても、すぐ頭の中で「山」とか「花」とかいう言葉に置き換えてしまっていた。よくて「美しい紅葉の」とか「満開の桜の」とかいう形容詞が加わるだけで、今まさに自分が向き合っている山や花の、今まさにこのときの姿やたたずまいを、味わっていなかった。

そういう気づきを得てからは、旅行に出たときに限らず、日常生活においても学問においても、ものごとを安易に言葉に置き換えて理解した気にならないように、ものごとの理解には意図的に時間をかけるように、より心がけるようになった。

目的地やスケジュールを定めた旅行はしないようになり、ただその場その場の思いつきで行き先を定め、過程を味わう旅をするようになった。

体の深いところで、徒歩のリズムやスピードを最も心地よく感じるようになり、自転車やバイクや車を乗り回したいという欲求がほとんど起こらなくなった。

ただ最近は、勝間和代さんや滝井秀典さんの影響で、また自転車を乗り回す生活もよさそうだなぁと思い始めている。

 

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