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カール・マルクスの燃える闘魂
2009年01月26日 月曜日
佐々木がカール・マルクスを好きなのは、彼の学説が無謬だからでもなければ、彼の政治的主張に佐々木が賛同するからでもない。
人類が全体としてぶつかっている巨大な壁を、己の学問の力でぶち抜こうと志す彼の闘魂が、佐々木は好きなのだ。
佐々木はプロレスのことはよく知らないが、アントニオ猪木にいまだに人気があるのは、彼が格闘家として不敗だったからでもなければ、政治家としての主張や行動が支持されたからでもないだろう。
猪木ファンが猪木の闘魂やファイトスタイルを愛するのと同じように、佐々木はマルクスの闘魂や学問スタイルを愛するのだ。
《学問にとっては平安の大道はない。そしてその険阻(けんそ)な小径(こみち)をよじ登るに疲れることを厭(いと)わぬ人々のみが、ひとりその輝ける絶頂に到達する幸せをもつものである》(『資本論』フランス語版序文)
これは「学問」を「人生」や「起業」に変えても、そっくりそのまま通用する名言だろう。
《科学の入口には、地獄の入口と同じように、つぎの要求がかかげられなければならない。
ここでいっさいの優柔不断をすてなければならぬ。
臆病根性はいっさいここでいれかえなければならぬ*。
* ダンテ『神曲』》(『経済学批判』序言)
これもそう。人生の入り口にも起業の入り口にも、地獄の入り口とまったく同じ要求がかかげられなければならないはずだ。
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