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毎月1日と15日は神社に参拝
2009年02月15日 日曜日
毎月1日と15日は、近所の鹿島神社に参拝することを習慣にしている。
朝早くからスーツを着て鳥居をくぐり、手水舎にて手水を掬い手と口を清め、拝殿前で賽銭を入れ鈴鐘を鳴らし二拝二拍手一拝。
心の中ではただ「いつもありがとうございます」とだけつぶやく。
神社仏閣はお願いごとをしに行くところではなく、感謝をしに行くところだと思っているので。
世界の起源や生命の起源について、佐々木は唯物論の立場に立つ。
唯物論を支持する人間が神社への参拝を習慣にするのは、矛盾だ。
だがこの矛盾は、必要な矛盾だと思っている。
神やそれに類する概念を排除して、世界を客観的に理解しようとするとき、人間は、自分自身を含む世界を、世界の外側から見る立場に立つ。
このとき認識主体としての自分は、この世界に含まれていないことになっている。
だから、神を排して世界を理解しようとするとき、人は自分自身が神の立場に立つと言える。
一方、生活主体としての自分は、現実にこの世界に含まれ、この世界に影響を与え、この世界から影響を受けながら生きている。
世界を外から見ないことには、世界を正しく認識できない。世界を外から見たままでは、この世界で正しく生きられない。
唯物論支持と神社参拝の矛盾は、この矛盾の反映だと思う。
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