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「未来をひらく福澤諭吉展」に行ってきた
2009年02月16日 月曜日
東京国立博物館で開催されている「未来をひらく福澤諭吉展」に行ってきた。
2年ぐらい前に『福翁自伝』を読んで、福澤諭吉の聡明さと快傑ぶりにすっかり魅了されていたので、駅のポスターで開催を知ってすぐ、観覧スケジュールを確保した。
行きしなの電車で『文明論之概略』と『学問のすゝめ』を読み返したが、特に『学問のすゝめ』には、以前読んだときには覚えなかった感激と興奮を覚えた。
ここ最近吉田松陰の『講孟箚記』を読み込んだせいで、漢文調の日本語に慣れたせいもあるだろう。
だがそれだけではなく、まさに今の自分自身が、『学問のすゝめ』に説かれている独立自尊の精神を、観念的な原動力として必要としているということなのだと思う。
著作に目を通してから観覧したおかげで、展示されている遺品や写真や資料から受ける感銘も、ひときわ大きなものとなった。
『福翁自伝』に
《今では宵は早く寝て朝早く起き、食事前に一里半〔6km〕ばかり芝の三光から麻布古川辺の野外を少年生徒と共に散歩して、午後になれば居合いを抜いたり米を搗いたり一時間を費やして、晩の食事もチャント規則のようにして、雨が降っても雪が降っても年中一日も欠かしたことはない》
と書かれているが、その散歩中の写真やコース図、居合刀、米搗き用の大きな杵と臼も展示されていて、なるほど、こういう刀や杵を毎日振るうだけの身体があってこそ、あの豪快な言論と行動があったのだと納得がいく。
諭吉が幼少の息子たちに「まだまだ小さな子供とはいってもやがては大人になって社会に出るのだから、少しずつでも自分でできることは自分でできるようになりなさい、これを英語でインディペンデンスというのです」みたいな教えを書き与えた紙には、目頭が熱くなった。
諭吉が創刊した新聞『時事新報』への広告出稿を呼びかける広告も、興味深かった。
海に大判小判が大量に浮かんでいて、商人が船の上から新聞広告の網を投げるイラストとともに、「このチャンスを逃すな!」みたいな煽りコピーが書かれているのだ。
マスメディアへの広告掲載という集客方法が日本に定着する上で、福澤諭吉が果たした役割は大きかったらしい。
自ら新聞誌上で
《商売に広告が必要なるは兵士に武器の必要なるが如し。何程の勇士にても素手にて敵を攻めて勝ちをとることは難しく、何程抜目なき商人にても広告を為さずして、商利を博する事はむつかしい》
とも説いている。
日本で最初の広告会社「弘報堂」の命名をしたのも、福澤諭吉なのだとか。
経営コンサルタントの神田昌典さんが『仕事のヒント』の中で
《お金に恵まれない大きな理由は、お金の悪口を言うからである。「人生、お金じゃない」というセリフは、お金がある人だから言えるセリフで、お金の欲しい人は言ってはならない。お金を愛そう! お札を大切にキレイに扱おう! お金に感謝しよう! 壱万円冊の肖像・福澤諭吉先生の本を読んで、福澤諭吉先生を尊敬しよう! 福澤諭吉先生は、思想家ではなく、起業家なのです。》
と書いていたのは、ホントだったのだ。
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