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抽象を介した共感
2009年03月02日 月曜日
佐々木が中学生のとき、美術の先生から聞いた話。
その先生が学生時代、全盲の友人と歩いていて、夕日の美しさに思わず「わぁー!! 真っ赤な夕焼け!!」と叫んだところ、「『真っ赤』ってどんな色?」と全盲の友人から聞かれた。
困ったその先生、あれこれ考えた末、こたつにその友人の手を入れさせて「こんな色だよ」と説明し、「ごめんね」と謝った。
うまく説明できなくてごめん、という意味だったか、目の見えないあなたに色の話なんかしてごめん、という意味だったかはわからないが、とにかくたしか、謝った、とおっしゃってたと思う。
その全盲の友人は、「いいよ、ありがとう」と言ってくれたそうだが。
佐々木も全聾の友人と話しているとき、音楽のことがふと頭に浮かんでも、つい話すのをためらってしまうことが多い。
それは、耳が聞こえないない相手に音楽について説明することに難しさを感じる、ということだけでなく、音が聞こえない相手に音の話をすること自体に、どこか罪悪感を感じているのだと思う。
でもその罪悪感って、無意味だよな、と最近思うようになった。
一昨日書いたように、大髙博幸さんがラジオで化粧について話すのを聴くのは、化粧のことに興味がない佐々木にとっても楽しい。
化粧に興味がない佐々木は、いわば化粧への感覚を持たない。
ましてラジオで化粧話をされても、化粧品の効果を認知することすらできない。
それでも、「化粧できれいになる喜び」を抽象化して言葉で表現してもらえれば、その喜びは伝わる。
自分が感覚を持たない世界に、自分の認識が広がる喜びも得られる。
全盲の人にとっての、色彩への感動を伝える言葉も、同じだと思う。
全聾の人にとっての、音楽への感動を伝える言葉も、同じだと思う。
感動を抽象化して言葉で表現することは、その感動に対する感覚を持たない人にも、感動の機会を広げることなのだ。
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