ビー・ドキュメント代表 佐々木 一郎の公開日記

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F/I比

2009年03月31日 火曜日

認識の枠組みは、人それぞれ違う。

認識の枠組みがあまりにも隔たっている人とは、コミュニケーションが難しい。

だが仮に、認識の枠組みが自分と完全に一致している人がいるとしたら、そのような人とのコミュニケーションは、おそらく意味がない。

お互いの認識の枠組みが、どれぐらい重なり合っているか。

裏を返せば、どれぐらいずれているか。

その「互いの認識の枠組みのずれ度」を横軸に取り、コミュニケーションの快感を縦軸に取ると、釣り鐘状の曲線が得られる気がする。

コミュニケーションの快感が最も高い「互いの認識の枠組みのずれ度」というものがあって、そこを越えても、こそに至らなくても、コミュニケーションの快感は下がっていく。

「互いの認識の枠組みのずれ度」が100%でも0%でも、コミュニケーションの快感は0になる。

で、そのような「互いの認識の枠組みのずれ」がもたらすコミュニケーションの快感の源泉には、「おもしろさ」と「おかしさ」の二種類があるのではないか。

英語で言えば、「interesting」と「funny」だ。

「interesting」と「funny」は、どう違うか。

「相手の認識の枠組みに自分も近づきたいと思う」のが「interesting」。

「相手の認識の枠組みに自分が近づきたいとは思わない」のが「funny」。

そう定義できるように思う。

相手の言動に「互いの認識の枠組みのずれ」を感じたとき、それが「interesting」と感じられることもあるし、「funny」と感じられることもある。

総体的に見て、相手の言動のうち、「interesting」に感じらる言動と「funny」に感じらる言動との比率を、ごく大ざっぱに数値化することは可能ではないか。

「funny」と「interesting」の比率だから、この数値を「F/I比」と呼ぶことにする。

「F/I比」を横軸に、コミュニケーションの快感を縦軸に取ったグラフも、やはり釣り鐘状の曲線になる気がする。

 

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