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『精神分析入門』から目を背けさせるもの
2009年06月02日 火曜日
『精神分析入門』(ジークムント・フロイト、新潮文庫上巻、下巻、高橋義孝、下坂幸三訳)を一読したとき、最初の「序論」と最後の「世界観というものについて」には引き込まれたのだが、肝心の中身のほうには、いまひとつ魅力を感じなかった。
原因として最初思い浮かんだのは、次の二つ。
一つは、書かれた当時は革命的だった学説も、現在では常識と化しているから。
もう一つは、個別具体的な夢や無意識は時代性や国民性に依存する面が大きいので、現代日本の常識からは、当時のオーストリアの人々の夢や無意識の構造を理解し難いから。
ただ再読するうちに、最初は意識できなかった原因もあったことに気づいた。
一つは、人間の無意識やそこに生じた傷に目を向けること自体が、ある種の不快感を伴うこと。
この不快感は、大怪我を負った人の写真や、手術中の体内の映像に対して感じる感覚に近い。
もう一つは、自分自身の無意識やそこに生じた傷に目を向けさせないような抑圧が、自分自身の中で絶えず機能していること。
これらの原因を自覚できてからは、『精神分析入門』の中身を急に興味く読めるようになった。
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