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「ゴミ」を拾える認識
2009年06月27日 土曜日
「プロデューサーの仕事はゴミを拾うことです。全部が見えている人間にしかゴミは拾えないのだから」
作家の橋本治さんが、アートマネジメントの学生にこう教えたのだとか(「内田樹の研究室」)。
けっこう、衝撃を受けた。
職場の管理者は、スタッフが現場の「ゴミ」に気づかないことを、しばしば嘆く。
(この「ゴミ」は、必ずしも物としてのゴミだけを指すわけではない)
こうしたとき管理者は、スタッフが現場の「ゴミ」に気づかない原因を、スタッフの能力や人間性に求めがちである。
だが「ゴミ」を「ゴミ」として認識するには、「職場や組織に期待されていること」を体系的かつ具体的に認識できていることが、不可欠なのだ。
スタッフが現場の「ゴミ」に気づかなかったとき、管理者は、「職場や組織に期待されていること」を体系的かつ具体的に教育できていない自分自身を、反省する必要があるのではないだろうか。
もちろん、「ゴミを拾わせる」こと自体、あるいは自分が「ゴミを拾う」姿を見せること自体、「職場や組織に期待されていること」を教育するうえで有効な方法ではあるのだが。
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