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支配欲
2009年07月01日 水曜日
ヘーゲルの『歴史哲学講義』(長谷川宏訳)の中で、佐々木が好きな箇所を一つ。
《歴史的人物を考察するには、その関心と情熱がどのような全体的事業にむけられたかを見なければなりません。〔‥‥〕こうしたものの見かたは、いわゆる心理的考察をも排除します。心理的考察とは、嫉妬心の満足には大いに役だつもので、すべての行動をその心理にわけいって説明し、主観的形態に還元してしまう。すると、行動をおこした人はすべてを大小なんらかの情熱にもとづいて、つまり欲心にもとづいておこなったことになり、この情熱ないし欲心のゆえに、道徳的人間ではないことになります。マケドニアのアレクサンダー大王はギリシャの一部を征服し、ついでアジアを征服した、だからかれには征服欲があった、といわれる。かれの行動は名誉欲や征服欲にもとづくもので、欲がかれをかりたてたことの証明は、かれが名誉を得、征服をおこなった事実にもとめられる。アレクサンダー大王やユリウス・カエサルをあつかう学校教師のなかで、この二人がそうした情熱に突きうごかされた不道徳な人間であることを証明してみせなかった人がいるでしょうか。そこからただちに出てくる結論として、大それた情熱をもたない学校教師のほうが、アレクサンダーやカエサルよりも立派な人間だということになり、それを証明するものとして、学校教師はアジアを征服もしないし、ダリウスやポロスを打倒もせず、人に危害をくわえることなく安穏にくらしている、という事実があげられるのです。》
(「序論 B 歴史における理性とはなにか」)
「支配者」や「征服者」に対する批判的な言辞に接するたびに、この一節を思い出す。
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