ビー・ドキュメント代表 佐々木 一郎の公開日記

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金銭を悪と見なす思想

2009年07月02日 木曜日

福澤諭吉の『福翁自伝』に、諭吉が子供のころ、諭吉の兄と姉が九九を習っていると聞いて、父が激怒したという話が出てくる。

《〔‥‥〕私の父は学者であった。普通(アタリマエ)の漢学者であって、大阪の藩邸に在勤してその仕事は何かというと、大阪の金持、加島屋、鴻ノ池というような者に交際して藩債の事を司る役であるが、元来父はコンナ事が不平で堪らない。金銭なんぞ取り扱うよりも読書一遍の学者になっていたいという考えであるに、存じ掛けもなく算盤を執って金の数を数えなければならぬとか、藩借延期の談判をしなければならぬとかいう仕事で、今の洋学者とは大いに違って、昔の学者は銭を見るも汚れると言うていた純粋の学者が、純粋の俗事に当るという訳けであるから、不平も無理はない。ダカラ子供を育てるのも全く儒教主義で育てたものであろうと思うその一例を申せば、こういうことがある。
 私は勿論幼少だから手習いどころの話でないが、もう十歳ばかりになる兄と七、八歳になる姉などが手習いするには、倉屋敷の中に手習いの師匠があって、其家には町家の子供も来る。そこでイロハニホヘトを教えるのは宜しいが、大阪のことだから九々の声を教える。二二が四、二三が六。これは当然(アタリマエ)の話であるが、そのことを父が聞いて「怪しからぬことを教える。幼少の子供に勘定のことを知らせるというのはもっての外だ。こういう所に子供くを遣って置かれぬ。何を教えるか知れぬ。さっそく取り返せ」と言って取り返したことがあるということは、後に母に聞きました。》

それから、当時の武士たちが、自分で買い物をするのが恥ずかしいので、夜、頬冠(ほおかぶり)をして買い物に行っていた、という話も出てくる。

《〔‥‥〕私が世間に無頓着ということは、少年から持って生まれた性質、周囲の事情に一寸(ちょい)とも感じない。藩の小士族などは、酒、油、醤油、などを買うときは、自分自ら町に使いに行かねばならぬ。ところがそのころの士族一般の風として、頬冠をして宵(ヨル)出掛けて行く。私は頬冠は大嫌いだ。生まれてからしたことはない。物を買うのに何だ、銭をやって買うに少しも構うことはないという気で、顔も頭も丸出しで、士族だから大小は挟すが、徳利を提げて、夜はさておき白昼公然、町の店に行く。銭は家の銭だ、盗んだ銭じゃないぞというような気位で、却って藩中者の頬冠をして見栄をするのを可笑しく思ったのは少年の血気、自分独り己惚ていたのでしょう。》

当時の武士階級から、いかに金銭が「悪」と見なされていたかがわかる。

これは必ずしも、当時の武士たちが愚かだった、という話ではないと思う。

貨幣経済の浸透が伝統的共同体の解体につながることが、共同体の支配層に正しく認識されていた、と解釈すべきだろう。

現に伝統的共同体が実生活の基盤として機能しているところで、その解体を促進する要素の蔓延に倫理的な歯止めをかけることは、合理的だ。

このような過去の倫理を、すでに貨幣経済が実生活の基盤として機能している現代の常識から、非難したり軽蔑したりすることはできない。

そしておそらく、貨幣経済が実生活の基盤となった現代にあっても、こうした倫理的な歯止めの必要性そのものは失われていない。

 

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