ビー・ドキュメント代表 佐々木 一郎の公開日記

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マッカーサー

2009年07月12日 日曜日

連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーが解任され日本を離れるとき、20万人の日本人が見送りに駆けつけ、女性の多くは涙を流したのだとか。

今朝の東京新聞の記事。

《 「あの朝の見送りは本当に異様で不思議な光景だった。今も鮮烈に覚えています」
 評論家の森本哲郎さんは、今年八十三歳。その長い記者人生の中で最も記憶に残る衝撃的なニュース、それは連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥の解任と日本人二十万人の送別風景だった。今から五十八年前、東京新聞で駆け回った若き記者時代のことである。》
《 〔‥‥〕元帥がトルーマン米大統領と対立して突然解任され、帰国の途についたのは昭和二十六年四月十六日のことである。日本人にとって、それは驚天動地の衝撃だった。
 この時取材に当たった一人が当時、東京新聞の社会部記者だった森本さんだ。》
《 元帥の特別車が大使館から走り出てきたのは午前六時すぎ。警視庁音楽隊の演奏が響き渡る中、ゆったり走る元帥の車を森本さんも車で追った。そして沿道の異様な光景に目を見張る。早朝なのに多くの商店が店を開け、どの家も「日の丸」が掲げられていた。道の両側は両国の小旗を手にした群衆が埋め尽くす。森本さんは先回りしてはその風景を取材し本社に送った。
 「六時三十五分、十二台の白バイが日本の奔流となって眼前をかすめ去り、朝日を浴びて元帥の車がさしかかると群衆は、『万歳、万歳』とどよめきながら車道になだれ出た。夫人は白いハンカチを目に当てている。込み上げる激情を抑えきれなかったのだろう。それを見て顔を覆う若い婦人たち…」(当時の夕刊記事から)
 羽田までの沿道を埋めた群衆は約二十万人。女性の多くが哀惜の涙を流して旗を振ったという。それは戦争に勝った凱旋将軍を迎えるような光景だった。数年前まで「鬼畜米英」と叫び、憎悪を抱いていた敵国指導者に対し、なぜこうも熱狂して送ることができるのだろうか…。
 日本人の不思議な感情に違和感を覚えつつ森本さんは「あえて主観を交えず、ありのままを書いて送った」と振り返る。》
(2009年7月12日朝刊「東京の記憶 戦後65年目 焦土からの出発<15> マッカーサー元帥離日 異様 20万人が感涙の送別」)

日本人にとって最後の〈英雄〉はマッカーサーなのかもしれないと、佐々木は思った。

 

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