ビー・ドキュメント代表 佐々木 一郎の公開日記

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IとYou

2009年07月24日 金曜日

仕事で英日翻訳をするようになって15年以上経つが、最も日本語に訳せない英単語は“I”と“You”だと思う。

“I”の訳は「わたし」ではない。

第一に、日本語における「わたし」という一人称は、数ある一人称の一つに過ぎない。

「ぼく」、「オレ」、「わたくし」、「ワシ」、「オイラ」、「ウチ」、「ワテ」、「オレ様」、「あたし」、「あたい」、「あっし」、「おいどん」、「こちら」、「こちら側」、「当方」、「小生」、「吾輩」、「拙者」、「予」、「我」、「手前」、「妾(わらわ)」、「臣(しん)」、「愚臣(ぐしん)」、「愚僧(ぐそう)」、「愚老(ぐろう)」、「下官(かかん)」、「寡人(かじん)」、「孤(こ)」、「而公(じこう)」、「侍弟(じてい)」、「賤妾(せんしよう)」、「乃父(だいふ)」、「老漢(ろうかん)」「麻呂(まろ)」、「朕(ちん)」など、大量にある一人称の中から、ほかならぬ「わたし」という一人称を選択したこと自体に、自意識や、選択した(選択させられた)立場(相手との関係性)が表現されてしまう。

英語の“I”にこのようなことはない。

第二に、「わ・た・し」が3音節の単語であるのに対し、“I”は1音節の単語である。カタカナで書けば「アイ」と2音節になってしまうが、英語の二重母音は二つの母音の連結ではなく、あくまで一つの母音である。

音節の数というのは一つの「量」ではあるが、「量の差」も一定限度を越せば「質の差」になる。

「わ・た・し」と3音節発声する面倒くささと、“I”と無強勢で1音節発声する簡単さを比較すればわかるが、音節数が3倍、3分の1というのは、すでに「質の差」である。

この「質の差」には、「意味の差」ととらえてよいほどのものがある。

第三に、“I”は〈主体表現〉の一部として使われることが多い単語である。

たとえば、“I'm sure ...”(「きっと‥‥だよ」)や“I don't think ...”(「‥‥じゃないんじゃないかな」)は、叙述内容に対する表現主体の立場を示す〈主体表現〉である。

日本語の「わたし」は、基本的にそのようには使われない。

これには、英語と日本語の文法構造の違いだけでなく、前述した音節数の差とも関係しているはずである。

以上のことはすべて、“You”にも該当する。

 

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