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<title>マニュアル製作事務所ビー・ドキュメント代表　魂の業務マニュアルライター　佐々木 一郎の公開日記</title>
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<description>業務マニュアル製作事務所ビー・ドキュメント代表の佐々木 一郎が、日常の出来事や感想を書いてます。</description>
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<item rdf:about="http://www.b-document.com/blog/000296.html">
<title>ブログ引っ越します</title>
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<description><![CDATA[<p>今日から次の場所に引っ越します。</p>

<p><a href="http://b-document.blogspot.com/">http://b-document.blogspot.com/</a></p>]]></description>
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<title>ポジティブ</title>
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<description><![CDATA[<p>マーカス・バッキンガムとドナルド・O・クリフトンの共著『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4532149479?ie=UTF8&tag=gokuiologicob-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4532149479">さあ、才能(じぶん)に目覚めよう</a>』（田口俊樹訳）に、「34の強み」という章がある。</p>

<p>そこでは、「学習欲」や「共感性」など「強みになりうる34の資質」のそれぞれについて、その資質を持つ人の特徴と、その資質を強みとする人々の証言が、まとめられている。</p>

<p>その「34の資質」の中に「ポジティブ」という項があり、《あなたは人をよく誉め、すぐに微笑みかけ、どんな状況においても常にポジティブな面を探します》云々と説明が続いたあと、「〈ポジティブ〉を強みとする人たち」の一人として、次のような証言が紹介されていた。</p>

<blockquote>《「世の中は、悲観的な人が多すぎます。もっとプラス志向の人、世の中のいい面に眼を向ける人が必要です。悲観的な人を見てると、気が滅入ります。以前の職場に、毎朝私のオフィスに入ってきては、愚痴を言っていく人がいました。そんなとき、わざとどこかに隠れたものです。その人の姿が見えると、トイレに駆け込んだり、ほかの場所に行ったり。その人と一緒にいると、世の中が救いようのない場所に思えてきてね。そういうのがたまらなくいやだったんです」》<br>（サニー・ G、コミュニケーション・マネージャー）</blockquote>

<p>この証言を読んで、佐々木は吹き出してしまった。</p>

<p>この人、ぜんぜんポジティブじゃないじゃん。</p>

<p>「ポジティブでいることの効用を大切している」ことと、「資質としてポジティブである」ことは、まったく違う。</p>

<p>「どんな状況においても常にポジティブな面を探す」人なら、「職場に悲観的な人がいる」という状況においても、ポジティブな面を探すのではないか。</p>

<p>で、「ポジティブでいることの効用を大切している」が、「資質としてポジティブ」ではないというのは、佐々木自身のことでもある。</p>

<p>自分自身が悲観的なくせに、悲観的な人を見ては自分の気を滅入らせる。</p>

<p>だから佐々木は、自分自身の心に絶えず浮かんでいる悲観的なことを、できるだけ口にしない。</p>

<p>「ポジティブでいることの効用を大切している」が「資質としてポジティブ」ではない、他の多くの人のためにも。</p>]]></description>
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<dc:creator>sasaki16</dc:creator>
<dc:date>2009-08-12T08:38:04+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.b-document.com/blog/000294.html">
<title>不死のイメージ</title>
<link>http://www.b-document.com/blog/000294.html</link>
<description><![CDATA[<p>村上春樹の『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4101001359?ie=UTF8&tag=gokuiologicob-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4101001359">世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド</a>』に、時間をどこまでも分割していくことによって実現する不死、という考え方が登場する。</p>

<blockquote>《「〔‥‥〕あなたの肉体が死滅して意識が消え朽ち果てても、あなたの思念はその一瞬前のポイントをとらえて、それを永遠に分解していくのです。飛ぶ矢に関する古いパラドックスを思い出して下さい。『飛ぶ矢はとどまっている』というあれですな。肉体の死は飛ぶ矢です。それはあなたの脳をめがけて一直線に飛んできます。それを避けることは誰にもできません。人はいつか必ず死ぬし、肉体は必ず滅びます。時間が矢を前に進めます。しかしですな、さっきも申しあげたように思念というものは時間をどこまでもどこまでも分解していきます。だからそのパラドックスが現実に成立してしまいます。矢は当たらないのです」<br>「つまり」と私は言った。「不死だ」<br>「そうです。思念の中に入った人間は不死なのです。正確には不死ではなくとも、限りなく不死に近いのです。永遠の生です」》<br>（「ハードボイルド・ワンダーランド（百科事典棒、不死、ペーパー・クリップ）」）</blockquote>

<p>言うまでもなく、いかなる形であれ現実には不死はあり得ない。</p>

<p>しかし、村上春樹が『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』で描いて見せた不死のイメージには、他の不死のイメージから隔絶した“リアリティ”があった。</p>

<p>佐々木自身、自分の死をイメージするとき、その瞬間を限りなく先延ばししたい、という欲望よりも、その瞬間に達するまでの「密度」を限りなく濃密にしたい、という欲望のほうが、はるかに現実性があるように感じる。</p>]]></description>
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<dc:creator>sasaki16</dc:creator>
<dc:date>2009-08-11T11:55:54+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.b-document.com/blog/000293.html">
<title>つぶれてる自分</title>
<link>http://www.b-document.com/blog/000293.html</link>
<description><![CDATA[<p>一昨日、<a href="http://www.undoukagakusouken.co.jp/">運動科学総合研究所</a>の「上丹田初級」の講座に参加し、上丹田が形成されることによって実体としての脳が高いポジションに定位され（固定ではなく）、そのことと直接に、脳の機能が高まるという体験をした。</p>

<p>その裏返しとして、自分の通常のありかたとして、上丹田が明確に形成されていないために、実体としての脳がいわばつぶれた状態になり、そのことと直接に、脳の機能もいわばつぶれているということが、実感としてわかった。</p>

<p>身体意識が適切に形成されていないために、実体としての身体がつぶれ、そのことと直接に、身体の機能がつぶれているという現象は、脳に限らず、身体のあらゆる部分についても、身体の総体についても、起きていることが推測される。</p>

<p>自分は、つぶれている。</p>

<p>このことの自覚は、大きな希望であるように思われる。</p>

<p>適切なトレーニングによって、身体が実体としてつぶれた状態を克服できれば、身体の機能たるさまざまな身体的・精神的能力が、大幅に改善されることが見込まれるのだから。</p>]]></description>
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<dc:creator>sasaki16</dc:creator>
<dc:date>2009-08-10T10:30:10+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.b-document.com/blog/000292.html">
<title>「上丹田初級」の講座に参加</title>
<link>http://www.b-document.com/blog/000292.html</link>
<description><![CDATA[<p>昨日は<a href="http://www.undoukagakusouken.co.jp/">運動科学総合研究所</a>の「上丹田初級」の講座に参加。</p>

<p>高岡英夫先生の直接指導。</p>

<p>上丹田が、かなり明確に形成された状態を体験できた。</p>

<p>上丹田が明確に形成された状態の実感としては、臓器としての脳のポジションが高くなり（本来あるべき位置と姿勢に定位され）、それと直接に、脳の機能（頭脳活動の全体）が高度化かつ高次元化される感覚。</p>

<p>ちょうどセンターが形成されたとき、身体のポジションが高くなり、身体の機能が高度化かつ高次元化される感覚が、脳で起こる感じ。</p>

<p>逆に上丹田が薄れていくと、脳がだらしくなくつぶれていき、それと直接に、脳の機能もだらしなくなっていく感覚があった。</p>

<p>筋肉の鍛練の限界はすぐに来るが、上丹田の鍛練にはほとんど限界がない、という意味のことを高岡英夫先生がおっしゃっていたのが、心に残った。</p>]]></description>
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<dc:creator>sasaki16</dc:creator>
<dc:date>2009-08-09T10:50:04+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.b-document.com/blog/000291.html">
<title>饒舌</title>
<link>http://www.b-document.com/blog/000291.html</link>
<description><![CDATA[<p>自分が語ろうとしていることは相手にとって興味深いことである、という仮説に従って語り始め、相手の反応によって仮説が否定された場合は話題を変えて別のことを語り始める、というのが饒舌な人であり、自分が語ろうとしていることは相手にとってどうでもいいことである、という仮説に従って押し黙り、仮説を否定するだけの強力な証拠が見つかった場合に限り語り始める、というのが寡黙な人なのだと思う。</p>]]></description>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:creator>sasaki16</dc:creator>
<dc:date>2009-08-08T07:16:29+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.b-document.com/blog/000290.html">
<title>思考停止ポイント</title>
<link>http://www.b-document.com/blog/000290.html</link>
<description><![CDATA[<p>山田ズーニーさんが『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4569617360?ie=UTF8&tag=gokuiologicob-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4569617360">伝わる・揺さぶる!文章を書く</a>』で、次のように書いている。</p>

<blockquote>《　私はある日、知人からこのようなメールをもらった。<br>「何か話をするときには、お互い心のどっかに揺らぎみたいな物がないと議論にならないな」<br>　自分の頭でものを考えるとは、常に「揺らぎ」続けることでもある。絶対というものを持たず、不安定なまま、自分の内面、まわりの人間や状況に応じて、その場、できる限りのベストな判断をしていこうとすることだ。<br>　ところが、これは、なかなかしんどい作業だ。だから、揺らぎを止めて、ゆるぎないものにどかんと腰を下ろして安心したくなる。<br>　それが「思考停止のポイント」だ。<br>　大きいか、小さいかは別にして、だれにもそういうものがある。あなたの「思考停止ポイント」どこだろう？》</blockquote>

<p>「自分の思考停止ポイントはどこか？」というのは、すごい問いだと思う。</p>

<p>この問いは佐々木の心に深く刺さり、ときどき頭をもたげてくる。</p>

<p>この問いを発し続けられる限りは、人間としての成長が止まらずに済む気がする。</p>]]></description>
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<dc:creator>sasaki16</dc:creator>
<dc:date>2009-08-07T10:13:16+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.b-document.com/blog/000289.html">
<title>無無</title>
<link>http://www.b-document.com/blog/000289.html</link>
<description><![CDATA[<p>中学校や高校の理科の教科書に、原子の構造として、原子核の周りを電子がグルグル回っている図が載っていた。</p>

<p>子供のころは別に疑問にも思わなかったが、あの原子核と電子の間にある隙間って、何なのだろう。</p>

<p>物質がいっさい存在しない、純粋な無？</p>

<p>現実の世界には、「無」の空間なんて存在しない気がする。</p>

<p>富士山を指して、「あれが富士山だ」と言うことはできる。</p>

<p>しかし、どこまで富士山で、どこからが富士山でなくなるのか、その境界をはっきりと示すことはできない。</p>

<p>原子核とか電子も、それと同じように、境界がはっきりとは存在しない形で存在しているのではないか。</p>

<p>高気圧と低気圧は、互いに絶えず入れ代わっている。</p>

<p>高気圧の部分は絶えず低気圧になろうとしているし、低気圧の部分は絶えず高気圧になろうとしている。</p>

<p>気圧というのは大気という物の状態だけど、物それ自体も、まったく同じように、絶えず他の物になろうとしているのではないか。</p>

<p>電子は絶えず電子以外のものになろうとしているし、原子核は絶えず原子核以外のものになろうとしているのではないか。</p>

<p>量子力学って、要はこういうことを、数学的に表現しようとしているだけなんじゃないか、と佐々木は思っている。</p>

<p>専門家には笑われるかもしれないけど。</p>]]></description>
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<dc:creator>sasaki16</dc:creator>
<dc:date>2009-08-06T09:02:02+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.b-document.com/blog/000288.html">
<title>「ゆる」の原点に帰って</title>
<link>http://www.b-document.com/blog/000288.html</link>
<description><![CDATA[<p>ゆる体操が今のような形になる前は、「ゆる体操」ではなく「ゆる」と呼ばれていた。</p>

<p>決まった動作があるわけでもなかったし、体だけを対象とするメソッドでもなかったからだと思う。</p>

<p>人間の体は、揺すると揺れる。</p>

<p>揺れると緩む。</p>

<p>この「<strong>ゆ</strong>す<strong>る</strong>」「<strong>ゆ</strong>れ<strong>る</strong>」「<strong>ゆ</strong>る<strong>る</strong>」の「<strong>ゆ</strong>」と「<strong>る</strong>」をとったのが、「ゆる」である、と説明されていた。</p>

<p>自分が一番緩むような揺れ方を探し、そのような揺れ方が一番起こるような揺すり方を、各自で工夫する。</p>

<p>それが「ゆる体操」になる前の「ゆる」だった。</p>

<p>決まったやり方を「正しく」やるという発想とは、最も遠いところにあるメソッドだった。</p>

<p>この原点を、最近は忘れていた。</p>

<p>揺すると揺れる。</p>

<p>揺れると緩む。</p>

<p>改めて、そう心の中でつぶやきながら「ゆる」をやると、ここ最近得られなかった深い緩みが得られた。</p>]]></description>
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<dc:creator>sasaki16</dc:creator>
<dc:date>2009-08-05T08:19:25+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.b-document.com/blog/000287.html">
<title>上品</title>
<link>http://www.b-document.com/blog/000287.html</link>
<description><![CDATA[<p>「上品／下品」というのは、残酷な概念だと思う。</p>

<p>ある価値基準に照らして「下品」と断じられる文化は、多くの場合、当の価値基準で「上品」とされる文化を可能にした、土台そのものになっている。</p>

<p>ヘーゲルのいわゆる<a href="http://www.b-document.com/blog/000225.html">「花に否定される蕾」、「果実に否定される花」</a>を思い出す。</p>]]></description>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:creator>sasaki16</dc:creator>
<dc:date>2009-08-04T09:21:01+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.b-document.com/blog/000286.html">
<title>ヘッドホンステレオ</title>
<link>http://www.b-document.com/blog/000286.html</link>
<description><![CDATA[<p>自宅で仕事をしていると、政党の宣伝カーが家の前に止まり、演説を始めた。</p>

<p>自分の言葉ではない、借り物の言葉をつないだだけの演説を、拡声器を通して聞かされるのは、軽い拷問だ。</p>

<p>こういう住宅街での演説は、法律で規制したほうがよくないか、との思いが頭をかすめる。</p>

<p>だがその思いを、言論の自由を大事に思う気持ちが押しとどめる。</p>

<p>仕事を中断して外出しようか、と思いかけて、試しにヘッドホンステレオを耳に入れ、ボリュームを上げ気味にして聴いてみた。</p>

<p>最近のヘッドホンステレオは、本当に性能がいい。</p>

<p>あの拷問のような演説が、お気に入りの音楽で、すっかりかき消されてしまった。</p>

<p>これなら、あの空虚で迷惑なだけの演説を、いくら近所でやってもらっても大丈夫。</p>

<p>問題なく仕事に集中できる。</p>

<p>言論の自由万歳！</p>]]></description>
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<dc:creator>sasaki16</dc:creator>
<dc:date>2009-08-03T10:36:08+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.b-document.com/blog/000285.html">
<title>もの</title>
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<description><![CDATA[<p>数日前、テレビをつけたら、「クラシックジャンボ（ボーイング747－300型機）引退」のニュースが流れていた。</p>

<p>最後のフライトに向かうジャンボジェットに、日航の職員らしい100人近くの人々が一列に整列し、手を振っている映像だった。</p>

<p>言ってしまえば「大のおとな」たちが、飛行機に向かって真面目に手を振っている光景を、一瞬、滑稽と感じかけた。</p>

<p>いやいや、あれは別に飛行機に手を振っているんじゃなくて、飛行機に乗っているお客さんに向けて、あくまでひとつのセレモニーとして、手を振ってるんだな。</p>

<p>と思いなおし、納得しかけたところで、また考えが変わった。</p>

<p>やはりあの職員たちは、引退していく飛行機そのものにも、心からの惜別と感謝と慰労を込めて、手を振っていたのだ。</p>

<p>ちょっと前にテレビで、新人の航空整備士が、先輩整備士の指導を受けている場面を見たことがあった。</p>

<p>飛行機の翼のフラップ部分のネジを締めたあと、万が一ネジがゆるんでも落下しないように、針金できつく固定する作業の指導だった。</p>

<p>数本のネジに太い針金を巻き、大きなペンチできつくねじり、ニッパーで端を整えていく。</p>

<p>針金を締め上げる作業の繰り返しで、新人整備士の手は、大きなマメだらけになっていた。</p>

<p>新人が作業を終えると、先輩整備士のチェック。</p>

<p>先輩整備士は、針金の巻き方が基準を満たしていないことを指摘すると、すべての針金をニッパーで切断し、一からのやり直しを命じていた。</p>

<p>あの大きな飛行機のネジ一本にさえ、心血を込めた整備が日々繰り返されている。</p>

<p>飛行機一機に対して、就航から引退までの間に、整備に関わるスタッフの人数、整備に注がれる努力の量の膨大さは、想像を絶する。</p>

<p>整備だけではない。</p>

<p>設計、製造から運行、操縦、機内サービス、清掃に関わった人々。</p>

<p>備品や消耗品の製造や供給に関わった人々。</p>

<p>こうした人々まで含めると、おそらく億人単位の人々が、一機の飛行機を存在させるために関わっているのではないか。</p>

<p>そう考えると、飛行機は単なる「物」ではない。</p>

<p>「物」として現れた、億人単位の人々の、組織化され実体化された「魂」なのだ。</p>

<p>引退にあたり、一機の飛行機が人々の心からの惜別と感謝と慰労の対象になることは、なんら不自然なことではない。</p>]]></description>
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<dc:creator>sasaki16</dc:creator>
<dc:date>2009-08-02T12:34:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.b-document.com/blog/000284.html">
<title>「うまい」と「すごい」</title>
<link>http://www.b-document.com/blog/000284.html</link>
<description><![CDATA[<p><a href="http://www.gfighter.com/">日垣隆さん</a>の古典読書会メーリングリストの課題で、太宰治の『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4101006059?ie=UTF8&tag=gokuiologicob-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4101006059">人間失格</a>』を読み返した。</p>

<p>太宰治には高校生の頃ハマり、新潮文庫から出ていた作品は当時すべて買いそろえ、繰り返し読みふけった。</p>

<p>太宰の最初の創作集である『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4101006016/gokuiologicob-22/">晩年</a>』、特にその中の「葉」、「逆行」、「ロマネスク」といった作品など、何十回読み返したか、わからないくらいだ。</p>

<p>そこまでハマった太宰治だが、この『人間失格』については、なぜか、読んだ記憶がほとんど残っていなかった。</p>

<p>少なくとも目を通したことは確かなのだが、「はしがき」と「第一の手記」の、あの有名な書き出しぐらいしか、覚えていなかった。</p>

<p>メジャーなものに食いつくのを潔しとしない、あまのじゃく精神のせいもあっただろう。</p>

<p>だが今回『人間失格』と『晩年』を読み比べてみて、やはり理由はそれだけではなかったと思った。</p>

<p>「人間失格」は、いちいち「うますぎる」のだ。</p>

<p>鉄棒にわざと失敗したのを「白痴に似た生徒」に見抜かれて動揺する場面にしても、明日から酒をやめられたらお嫁さんになってほしいと煙草屋の17、8歳の娘に酔っぱらって冗談で頼んで、翌日昼間から酒を飲んでその娘のところに行き、「あら、いやだ。酔った振りなんかして」とか言われる場面にしても。</p>

<p>作者にとって扱い慣れた素材を、テクニックだけで書いているように感じられるのだ。</p>

<p>『晩年』に、「道化の華」という短編が納められている。</p>

<p>「人間失格」でも取り上げられている、鎌倉の海での自殺未遂とその後の警察や親類や知人とのやりとりを扱った小説で、主人公の名前も同じ「大庭葉蔵」。</p>

<p>読み返してみて、やはり「人間失格」よりも「道化の華」のほうが、よほどすごい小説だと思った。</p>

<p>陳腐な表現だが、切ればページから血が吹き出るような生々しさを、「道化の華」には感じた。</p>

<p>「うまい」と「すごい」は違うんだと、改めて実感した。</p>]]></description>
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<dc:creator>sasaki16</dc:creator>
<dc:date>2009-08-01T10:50:14+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.b-document.com/blog/000283.html">
<title>熱砂</title>
<link>http://www.b-document.com/blog/000283.html</link>
<description><![CDATA[<p>炎天下の片瀬海岸に行ってきた。</p>

<p>休憩と、<a href="http://www.b-document.com/blog/000223.html">砂利道鍛練</a>も兼ねて。</p>

<p>砂浜に下りるコンクリートの階段の上ではだしになり、砂の上に降りて歩き出すと、砂が熱い！</p>

<p>足の裏をヤケドさせることに意義があるはずなのだが、「こりゃシャレんなんねぇ！　こりゃシャレんなんねぇ！」と心の中で叫びながら、コンクリートの上に戻る。</p>

<p>はだしではとても砂浜に立っていられず、砂浜に接したコンクリートの上を歩く。</p>

<p>コンクリートの上にもところどころ砂が吹き上がって山になっているところがあるが、そんなところでも、足の裏がどうにかなってしまいそうなくらいに熱い。</p>

<p>はだしのまま、片瀬漁港西堤防の先端まで歩いた。</p>

<p>江ノ島の森から、海をわたってセミの声が聞こえてきた。</p>

<p><img src="surfer.jpg" alt="" height="420" width="315" border="0" /></p>

<p><img src="nessa.jpg" alt="" height="420" width="315" border="0" /></p>

<p><img src="bushashi.jpg" alt="" height="420" width="315" border="0" /></p>]]></description>
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<dc:creator>sasaki16</dc:creator>
<dc:date>2009-07-31T10:38:28+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.b-document.com/blog/000282.html">
<title>酢好きの佐々木</title>
<link>http://www.b-document.com/blog/000282.html</link>
<description><![CDATA[<p>料理によく酢を使う。</p>

<p>菜っ葉類はたいてい、数センチの長さに切り、水数ccを入れて加熱したビタクラフトに入れ強火で1分ほど加熱し、酢醤油で味付けして食べる。</p>

<p>ウドや茄子の場合は、ごく弱火でしばらく加熱し、酢味噌に和える。</p>

<p>豚肉や鶏肉も、同じように加熱して酢味噌で食べることが多い。</p>

<p>ゴボウやレンコンの場合は、フライパンを使って油で炒め、輪切り唐辛子を入れた酢醬油を最後に加える。</p>

<p>魚を煮るときも、酢を少したらす。骨まで柔らかくなる。</p>

<p>料理に使うだけではない。</p>

<p>蒸し暑い夏の夜も、基本的にビールなどのアルコール類は口にしない。酢をたらした水を飲む。</p>

<p>夜寝つけないときも、酢を飲むと寝つきやすくなる。</p>

<p>500mlの普通のボトルだとすぐなくなるので、900mlのボトルで買う。</p>]]></description>
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<dc:creator>sasaki16</dc:creator>
<dc:date>2009-07-30T08:13:02+09:00</dc:date>
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